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12月 20, 2025の投稿を表示しています

つれづれ入院日記 45 淡中さんのこと 2025.12.20夜

◉今朝、「痒い、痒いのつぶやきは消えましたか」の励ましの声をいただきました。ぼくは「痒い痒いから、腹減ったあに変わりました」と返信しました。今日はこのあたりから話し始めますね。 ◉主治医の先生の治療方針に基づいて、第1クールの延長戦に入ってますが、あれだけ辛かった「痒い、痒い」はだいぶおさまり、別に気になることが起きてきました。①病院食をしっかり食べているのに1週間に体重が4㎏も落ちたことです。②手足が細くなり、筋力が落ちています。起ち上がりに筋肉のプルプルがあり、歩行時もふらつきがあります。それまでは輸血をすると無敵の元気状態になっていたのに何か違う。入浴ができない。っていうか、お風呂に入るのにこんなに力が必要なのかって感じです。③病院食食べても夜眠れなくなる飢餓感、これにはさすがに参りましたね。 ◉3点まとめて主治医に聞いてみました。①肺炎・肺胞出血、②クスリにアレルギーを起こした湿疹、これらと戦うために使った強力なクスリ、「プレドニンの影響だと思います」と。そうか今の既定方針通り①②を退治して、その後プレドニンを減らして行けばいいってことか。納得。加えて「リハビリも検討しましょう」と言ってくれました。 ◉ここで話が変わります。11月から12月は漬物の季節です。わが家でもニシン漬けや飯寿司をつけます。認知症で漬けられなくなったぼくの母からまず妻が引き継いで、近年はぼくも一緒につくっています。おすそ分けして「美味しかった」の声に気分をよくして、毎年樽の数を増やしてせっせと配っていました。 ◉ところがぼくの入院のせいで漬けたのは結局ひと樽だけ。できあがりを写真で見ましたがとても美味しそうです。ぼくは感染対策で漬物禁止なので食べられないのが残念。そして、今日、妻に頼みました。ニシン漬けを届けてほしいって。ぼくがとても大切にしている人、淡中あきこさんのところにです。 ◉淡中あきこさん、どんな人?ひとことではいい尽せません。今日は出だしだけ。もしぼくが病気にならず、入院していなかったら、ぼくと淡中あきこさんは先月11月に一緒に、韓国の安山市(アンサン市)に旅行に行くはずの人でした。しかたなくぼくはキャンセルし、淡中あきこさんは単身韓国へ飛び立ちました。 ◉淡中あきこさんは1944年生まれ。81歳。ぼくは1959年。66歳。15歳差。淡中さんは言います。高橋さんは弟と同じ歳...

つれづれ入院日記 44 2025.12.19昼

 ◉「髙橋さん、今日歯科受診ですよ」と言われて、「そうだ、入院したての1ヶ月前にも歯科受診したなあ」と思い出した。そうそう、血液内科の患者は特に感染に気をつけなきゃいけない、「虫歯も感染症ですからねえ」歯科医師の声が聞こえていた。今日は「毎日ちゃんとうがい薬でうがいしてるのがわかりますよ」、褒められたので気分いい。うがい薬といえばイソジンだ。韓国の有名な俳優の名前と同じイ・ソジン、「イ・サン」に出ていた。ただの言葉遊び。 ◉歯科つながりの話。みなさんが歯科に行く。歯科衛生士さんはこう言いませんか?「はい、開(あ)いてください」。え、「開けてください」じゃないんですか?そうです。歯科衛生士さんは、ぼくではなく、ぼくの歯に頼んでいるのです。アリババが洞窟の扉にお願いしているように。「開けゴマ」って。自動詞を使ってのお願い。そうか、歯科クリニックではまさに「歯」が主役なんだって。ぼくはぼくの気づきに舞い上がった。しかしこの興奮はぼくだけのものだった。そこでみなさんに聞きたい。あなたの歯科クリニックでは「あいてください」と言いますか、「あけてください」と言いますか? ◉歯つながりの話。やばい!連想の尻取りはルールないまま、突っ走っている。函館の歯科医師会長さんに、歯科医師養成専門学校への援助についてお話しを伺った時のこと。歯科治療の役割について。歯科治療が可能にする認知症予防。歯科治療からわかる子どもへの虐待など。最後に歯科治療の診療報酬がいかに低いか。「小池晃さんもがんばってくれてるんですけどね」。えっ、ここでその名が。「ぼくの友人なんです。その人」。喉元まででかかったけどとどめた。嬉しかった。ここらで尻取りの暴走にブレーキです。

つれづれ入院日記 43 2025.12.19朝

 ◉今朝の函館は最高の天気です。 ◉抗生剤やプレドニンなど点滴や注射による投薬が飲み薬に置きかわってきました。そのために夜の1時間半おきのおしっこの回数が2回くらいに少なくなり、爽快です。 ◉置き換えられた飲み薬は食事のあとに忘れないように飲まなきゃです。 ◉体重がまた減りました。62.4キログラム。点滴がなくなった分、もっと水分を補わなければいけませんね。 ◉昨日は、赤血球を輸血したので、今朝は身体のふらつきが減ってきています。今日は血小板の輸血です。 ◉痒みからは解放されつつあります。劇的な改善です。この何日間、みなさんの中にも、同様の辛さを体験した「カユトモ」がたくさんいることがわかり、励ましていただきました。痒さからの解放、夜寝られている理由になっています。朝食前に、手の届く範囲で塗り薬を塗ろう思います。 ◉点滴のチューブがいまは外れているのでできることが増えてきています。一番はトイレとか歯磨きです。点滴の止まり木の電源コードをはずしてコロコロこらがさなくていいし、窓まで行けてバッチリ景色が見られます。それから着替えです。点滴に繋がれると、どんなに知恵の輪が得意な人も着替えができないんですよ。 ◉くすりによって気分がよくなっていることも多いので、「ものすごくよくなっている」の「お調子もの感覚」を戒めつつ、体調がいいと感じる喜びも噛みしめながらの今日のスタートです。

つれづれ入院日記 42 2025.12.18 昼

 ◉今日から入院生活2ヶ月目が始まりです。第一戦(第1クール)の延長線第十回表の攻撃の始まりです。作戦は抗生剤とステロイドを減らし自力をつけ、第2クールでのがん細胞との戦いに備えるということです。 ◉昨晩、ハングル学習の仲間から嬉しい言葉をもらいました。 「こんばんは。高橋さんが入院してから1ヶ月が経ったんですね。1ヶ月間よく頑張りましたね。本当によく頑張りました。明日はまた同じ朝がやってくるけど、1ヶ月も頑張り続けた高橋さんのパジャマの胸には目には見えない勲章🎖️が輝いていると思います。何度でも言います。高橋さんは本当によく頑張っています」 ◉そうか、ぼくは言ってほしかったんだ。「がんばりました」って。みなさんには見えますか、ぼくのパジャマの勲章。 ということで、2ヶ月目の朝をぼくは元気にスタートしました。 ◉今日はでっちくん(ぼくの弟です)の誕生日。64歳になりました。兄のピンチ場面を色々助けてくれています。つれづれ入院日記の補足のためにちょっとだけ登場してもらってもいます。「佳大さんにこんな弟さんいたんですね」の声もあったので、つれづれ入院日記の中で今後、紹介する機会を作ろうと思っています。 ◉管理栄養士がぼくのベッドサイドまで来てくれました。身体の様子を管理栄養士の立場から見てくれました。ぼくにしてみれば「やったあ!」ですよ。NHK朝ドラ「おむすび」の主演(2024年10月〜)の橋本環奈の役が病院の管理栄養士ですから。まさにこの関係、管理栄養士と患者、ドラマの設定と同じ。しかしこのドラマ人気がなかったとか、そんなことも話ました。 ◉「やっぱりギャルから始まったからですかね」「いや、ギャルの食事のことも出てたよ」「たしかに。でも深追いできてなかったですよ」。「管理栄養士の仕事はドラマの通り?」「患者の故郷と同じ味のみそ汁を作るっていうあそこまではむずかしいですよ」。「ぼくはね最近、病院給食の悪口を言うのをやめました。ぼくの体力をつくってくれるものだから。そういう目で見ると、優れているところあるんです。魚料理とか全部骨を外しているところとか。タラとかソイとかの魚料理おいしかったですよ。料理名書いたお品書きを見てネットで検索したりもしてるんですよ。ソテーってなんだとか」、あ、これ管理栄養士さんにウソ言ってない、ホントのまじめな話。

つれづれ入院日記 41 2025.12.17 昼

 ◉ぼくにとって今日は特別な日です。主治医の先生に今回の抗がん剤治療の入院の期間は「1週間〜長くとも1ヶ月」という説明を受けていました。そう、長くとも1ヶ月の最後の日です。もちろん延長について主治医の先生は丁寧に説明してくれています。 ◉そもそも、誰かが、1ヶ月何かを続けるとはどういうことでしょうか?赤ちゃんが生まれてきて1ヶ月たったら?そりゃあ、祝賀の立派な対象でしょう。カップルが付き合って1ヶ月たったら?それも本人たちにとっては祝賀の対象ですよね。じゃあ、1ヶ月入院したら?‥やっぱり何か違うような気がする。 ◉ぼくは「おめでとう」を言われたいのか。ほめられたいのか。ん?そういう気持ちあるかも。「あなたは市立函館病院に1ヶ月入院しました。よって牢名主ならぬ病名主に任命します」。いやいや、そうじゃないだろ。「あなたは市立函館病院に1ヶ月入院しました。よって市立函館病院プラチナ患者に登録いたします」。おいおい、バカにするのか⁈ ◉いまは激戦なんですよ。この試合は結果が出てないんですよ。これは21世紀に1回あるかないかの熱戦です。あなたはそれを戦っているアスリートです。「プラチナ患者?あなたはそんなあさはかな人なんですか?」いやいや、俺にはもう甲子園で延長18回を戦った三沢高校の太田幸司が乗り移っている。 ◉ということで、明日からは延長10回表。入院生活2ヶ月目に突入です。 ◉血液内科の主治医の先生、呼吸器内科の主治医の先生、皮膚科の先生がタッグを組んで、ぼくの湿疹の原因と対策に取り組んでくれています。ぼくの中で「今年の漢字」は「痒」一択です。でも対策が効いて痒みが明日消えていたら「熊」か「米」に「今年の漢字」を返上いたします。

つれづれ入院日記40 2025.12.16朝

 ◉痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い ◉痒み止めのクスリがこの世の最強の発明のように思えて来ました、きのうの夜の遅い時間帯は。看護師さんにお願いして、自分では手が届かない背中の中央部分に軟膏が塗られていって、軟膏が広がる感覚がゼツミョー、強すぎず、弱すぎず、おかげで朝を迎えることができました。感謝です。 ◉この痒みと熱の原因がどこにあるのか、間質性肺炎にあるのか、感染症にあるのか、それとも血液の細胞にあるのか、そのあたりが早いうちに突き止められ、次の治療に入っていくことになると思います。 ◉きのうの嬉しかったことは、すでにきのうのつれづれ入院日記で書きましたが、「痒い時間帯」に入る前の夕食後にNHKの夜ドラの「ひらやすみ」全20回(毎回15分)を全視聴しました。もともと入院前から楽しんでいたんですけど、Amazonプライムビデオでイッキ見しました。ドラマを見る気になるということは、ぼくの体調がいいということです。 ◉NHKはいろいろ言われたりもするけど、ドラマはとてもいい。朝ドラも、そして最近夜ドラがいいと思っています。「ひらやすみ」の前の番組『いつか重力の宙で』は全24回。AIによる説明によると「高校時代の天文部で「一緒に宇宙へ行こう」と誓い合った30代の女性4人が、大人になって手放した夢を思い出し、超小型人工衛星を自作して再び宇宙を目指す、「2度目の青春」を描いた物語です」。このドラマすごくよかった。 ◉ 【NHK公式】夜ドラ「ひらやすみ」 生田ヒロト、29歳、フリーター。 定職なし、恋人なし、普通ならあるはずの?将来の不安も一切ない、お気楽な自由人です。 そんな彼は、人柄のよさだけで、 仲良くなった近所のおばあちゃん・和田はなえから、一戸建ての平屋を譲り受けることに。 そして、山形から上京してきた18歳のいとこ・小林なつみと2人暮らしを始めました。 彼の周りには生きづらい“悩み”を抱えた人々が集まってきて……。(以上はNHKの解説) ◉「ひらやすみ」のこの男、「すごくがんばりすぎはしない」男は、とても魅力的で、知らないうちにまわりを惹きつけていくんですよ。「ああ、こういうのもありか」って思っちゃう。 ◉「いつか重力の宙で」も、「ひらやすみ」も推しです。最近の日本ドラマは、日本の社会が考えなきゃならないことに、...

つれづれ入院日記 39 2025.12.15夜

 ◉私の要介護認定申請が通ったそうだ。これで私も要介護者。しかも母とおそろいの要介護2。これから退院している時期にはお世話になると思う。ありがたいことだ。 ◉昨夜から今日の午前中にかけて、熱と痒みでグロッキーでしたが、熱冷ましが効いて午後からは元気に。Kさんご夫婦と私の弟に来てもらって、私たち夫婦と「クリスマスサプライズ企画」(プサンのジヨンさんとおかあさんがサプライズで函館に来てくれるので、どのようにウェルカムするのかの企画」について話し合いました。 ◉昨夜主治医の先生に「先生の治療方針にしたがいますが、これこれなので、せめて当日ある程度の時間韓国の知人に合わせてほしい」と伝えていました。今朝、先生がベッドサイドに来てくれたとき、最後に「今後の治療方針についてまだ明確になってないので、何とも言えませんが、クリスマスのことは聞きましたよ」と言ってくれました。 ◉治療優先で考えると、お見舞いの形で入院先まで来てもらうだけでも満足しようと腹を固めて、楽しさを補うために、ラインのライブトークを、プサン会場、私の実家会場、kさん宅会場、私の自宅会場、市立函病デイルーム会場に分かれて、まず第1回目を開催することにしました。めっちゃ楽しみです。 ◉さて、消灯時間になりました。熱もちょっと出てきたようです。ではまた明日です。

つれづれ入院日記38 2025.12.15昼

 今日はあんまり調子よくないから日記はなしにしようと思ったんだけど、ひとつだけ書きます。今日もらったクリニカ(左)と1ヶ月前にもらったクリニカ(右)。右側がぼくの入院1が月の証明書になりそうだ。

つれづれ入院日記 37 2025.12.14夜

 ◉今日は週1回の体重測定。なんと4キロも体重が減っている。この1週間は食欲も増し病院給食もほとんど食べ残すことなくやる気満々だったのに。何かがおかしい。不気味だ。 ◉加えてきのうからの身体中の赤い発疹と痒みもやる気をそぐ。主治医も、痒み対策に力を注いでくれているけどね。熱も出ている。それで「つれづれ入院日記」の更新はちょっとサボることにした。 ◉そこへひょっこり隙間時間を見つけてベトナムのTさんが現れた。仕事着姿を写真に撮ってあげたら嬉しそうにポーズを作った。撮った写真がうまくラインで送れず、結局facebookでつながった。ぼくの心は世界の若者とはfacebookで繋がり、ぼくの命は止まり木の点滴とクダで繋がっている。 ◉きのう男性看護師の話をぼくは書いたんだけど、15時過ぎにきてくれた妻もひとりの男性看護師を見て「イケメンだね」と言った。イケメンくんは、点滴ルートを慎重に右腕から左腕に移し替えて「発疹のところは外しておきましたから大丈夫ですよ」と。「ありがとう。命がつながりました」に「そう言ってくれるとうれしいです」。ぼくの血管はとても細いらしくて、点滴ルートを確保して、規定の1週間維持させるのも大変らしい。だから役目を終えた右腕の点滴ルートにも「ありがとう」なのです。 ◉病気になって体験したこと。骨髄穿刺-痛くて三回くらい唸った。輸血-次の朝になると顔色が戻り天下無敵になる。抗がん剤投与-悪い細胞を叩いてくれるけど、いい細胞もやっつけてしまうので要注意、感染症に感染してしまう。ぼくも肺炎になり生まれてはじめて血痰を吐いた。体験したのは、あと友たちのはげましとあたたかさ、家族の温かさと結束かな。みんなみんな、ありがとうだ。

つれづれ入院日記36-番外

 ❷ぼくの髪型を坂本龍一教授ふうに弟がAIで加工してくれた。ついでにサイのへんなスタンプも。

つれづれ入院日記 36 2025.12.13夕方

 ◉昼寝できてよかった。2時間くらいかな?でなきゃ、ぼくは熱冷ましの点滴の副作用の湿疹が痒すぎて、アフリカのサイのように背中をゴシゴシ砂にこすりつけて、血が出てもそれでもさらに砂にこすりつけていただろう。2時間の眠りよありがとう。もう少しガマンしてみるよ。 ◉つれづれ入院日記33に書いた【結束と亀裂 私は何色の髪で孫たちに会うのか】について夫婦で話しあいました。久しく病室だけで過ごしてたけど、函館山が大きく見えるデイルームに行って、iPhoneの画面でみんなの意見を読んでみました。気になる意見かふたつありました。 ◉ひとつはハングル講座の仲間のおひとりからです。「高橋さん、ぜひ小説家かエッセイストを目指しませんか?そして文豪に似合うのは、やはり白髪頭。奥様の意見に一票」-うーん、煽てられてるようでもあるけど悪くないなあ。でもご意見ありがとう。 ◉ そしてもう一人は大学時代の仲間。「「年相応の髪」というのが難しい。私は若いころから白髪交じりでしたが、染める気は全然無く、晩年の坂本龍一教授にあこがれていました。公人になってから、「見た目は若い方が良い」と言われ、行きつけの床屋で「ぼかし」を入れるようになりました。今は2ヵ月に1回のペースで床屋に行き、「ぼかし」を入れてます。2ヵ月の間に「ぼかし」も薄れ、髪も伸びるので結構な白さ(グレー)になります。オバサマたちには「ロマンスグレー」とおだてられることもありますが、床屋に行って、短く整え、少し黒さ(濃いグレー)が増すと「若くなったね!!」と言われたり。「公人」でなくなったら、やはり教授のようにしたいなあ」。 ◉Kくん、忙しいのに、ぼくがどんな髪で孫たちに会うのかって、まあ、どうでもいいことを真剣に考えてくれてありがとう。ぼくは坂本龍一説に急速に近づいています。 ◉ただ妻が言います。「1ヶ月以内には坂本龍一の髪の長さまで伸ばすには無理がある」と。うーん、新たな問題の出現だ。

つれづれ入院日記 35 2025.12.13昼

 ◉市立函館病院のヘリポートからドクターヘリが飛び立った。病室の窓から見えた。 ◉ぼくの入院している病棟には男性の看護師が多いと思う。若い女性の看護師に聞いてみると、指折りながら「6人かな」と。「イケメンも多いよね」に、ちょっと首を傾げながら「それはどうかな?」と。これは聞かない方がよかったな。イケメンかどうかは置いといて、頼りになる看護師さんたちだと思うんだ。 ◉ジェンダーについて語るには勇気が必要です。自分のジェンダー平等の感覚が薄っぺらなことを暴露してしまいそうでね。 ◉外国人の小学生に日本語の支援に行って初めてわかったこと、昔は女の子は「さん」づけ、男の子は「くん」づけだったけど、今は男女関係なく「さん」だよね。 ◉空港のトイレの入り口は男女違う色で区別するのが普通だったけど、今は区別しないところも出てきている。 ◉こんなこともありましたね。いつだったか、芥川賞とか、直木賞とかの受賞候補作が全部女性作家の作品で、「女性の活躍」を象徴することのように言われたり、反対に「この時代に何を男だ女だって言ってるんだ」と女性の書き手からの反発があったようにも記憶しています。 ◉とにかく人類、女性の長い長い歴史的ながんばりの中で、新しい人権が動き出しているのだと思います。うーん、今日もまたとりとめのない話を書いてしまった。

つれづれ入院日記 34 2025.12.13 朝

 ◉朝起きてびっくりだ。顔も身体もはしかのように発疹ができて腫れている。そしてかゆい。主治医の話だと、きのう発熱した時に使った解熱剤、以前は発疹でなかったのに、ぼくの血液細胞が変化して、悪さをしている可能性があるそうだ。先生の到来を待つしかなさそう。かゆい、かゆい。 ◉ちょうど抗がん剤治療が始まったころ、中国人留学生(マスターコース、来年ドクターコース進学予定)のCさんが「佳大さんは元気ですか」と日本語サロンの会長さんに声をかけてくれていたということを思い出しました。 ◉彼はとても面倒見のいい若者です。函館に新しい留学生が来ると、秋なら見晴公園の紅葉見学、春なら花見に行き、温泉に連れて行ったりする。ぼくにも声がかかる。「先生も行きませんか?」 ◉今年の北斗市の夜桜はとても賑やかで、出店のたこ焼きを食べながら、Cさんの通訳で新人さんの出身を聞く。雲南省出身。えっ?秘境のイメージがあるんですけど。省都昆明はなんと人口800万人、びっくりだ。彼には「半年待って!そうしたら中国語でももう少し話せるようになるから」って言ってたんだけどね。 ◉出店のおじさんに中国からの留学生だと紹介すると「中国には民主主義がないもんね」なんて意地悪言うんだよ。これから日本で一生懸命勉強しようと思っている若者に。そんなこと、中国の若者だってわかってるんだよ。ただ大声で言えないだけで。しかし対処したCくん、「まあまあまあまあ」と軽くいなしてスルー能力も高かった。

つれづれ入院日記 33 2025.12.12夜

  ◉ぼくの今の願いは、そんなにむずかしいことじゃないです。一時的でもいいから退院し、家族と楽しい時間を過ごしたり、気の合う友人を招いて、食事とは行かないまでも、一杯のコーヒーを飲みながら、マスクごしにおしゃべりしたい。このささやかな願望が、「あ、行けるかも」と思える日もあれば、血液検査の結果に不穏なものがあると主治医から説明を受けて「ヤバいかも」と思う今日のような日もあります。 ◉そんなとき、ぼくは心にある「願望カレンダー」を1週間繰延べて、そっと組み直すんです。 ◉ぼくの病気が見つかって、わがファミリーは結束が強まっているようです。◉例えば息子。息子にはしばらく会えていない二人の子どもがいます。だからぼくも孫たちに何年も会ってない。 ◉ぼくの病気の状況を妻に聞いて息子は思ったんでしょう。「孫たちをとうさんに会わせなきゃあ」。話はとんとん拍子で進んでいます。ただぼくの一時退院の日が決まらないだけで。◉ぼくは息子に聞きました。「Mちゃん(息子の元妻)になんて話したの?」「とうさんが死にそうだからさ、二人をとうさんに会わせたいんだ」ーでかした息子よ、よく言った! ◉それでぼくは舞い上がっています。「これが最後になるかもしれないから、白髪染めして元気なおじいちゃんで会った方がいいんじゃない?」「とうさんがそう思うんならいいんじやね?」。 ◉しかしここに思わぬ伏兵。妻が「別に年相応の髪でいいよ」と。娘は中立派か? ◉結束の中にも亀裂が。ところでぼくは息子に言いました。「だけどさあ、じいちゃんの髪の色より、父親が金髪、耳にピアスジャラジャラの方が小学生にとってどうよ?」「いやあ、実はオレもそう思っているんだ」。そうか、一応、ちゃんと考えてるんだ、よかったよ。 ◉さて、わが家の結束と亀裂、その行方は?

番外 曲の歌詞を書く

鳥たちは止まり木で羽を休めている 鳥たちは止まり木で羽を休めている ホントは秘密の管でぼくに命を送ってる ホントは秘密の管でぼくに命を送っている 妻が施す宇宙飛行士のシャンプー 妻が施す宇宙飛行士のシャンプー 点滴パックの止まり木の向こうに見える横津のやまなみ 点滴パックの止まり木の向こうに見える横津のやまなみ (パッとしないね。) SUNO(音楽AI)にて作曲 『 点滴の止まり木』 いろんな人に転送したら、大評判になってる

つれづれ入院日記 32 2025.12.11夕方【感動のカーテン個室】

 ◉つれづれ入院日記17で、抗がん治療、感染症治療の夢うつつから醒めたあとの読書の報告をしましたね。 ◉そう、伊与原新「宙(そら)わたる教室」のことです。毎章ごとに号泣を誘うシーンがあり、Amazonプライムビデオのドラマ版でも感動シーンが満載。 ◉私は消灯前にはこの本を読み、消灯後にはスマホで視聴しました。私があれほど怨嗟の対象としていたカーテン牢獄は、見事に「感動のカーテン個室」に変身するんです。すごい発見です。 ◉さてみなさんが感動の作品に出会った時、号泣する場所がどこですか?ぼくはベッドですね。最初がそうだったから。子どものころ、毎月配本された世界少年少女文学集の、「アンクル・トムの小屋」を読んでトムがかわいそうで、かわいそうで誰もいない時、二段ベッドの中で、布団をかぶって号泣しました。 ◉みなさんのオススメ名作教えてください。入院中「感動のカーテン個室」で読みたいと思います。

つれづれ入院日記 31 2025.12.11昼 【止まり木で羽を休める点滴パック】

 点滴パック4つが羽休め。カタツムリの歩みだけど、ひとつ消え、ふたつ消えしていったら退院できるかな?

つれづれ入院日記30 2025.12.11 朝

  ◉おはようございます。主治医のK先生が今日も律儀にベッドサイドに来てくれました。「今朝の採血検査の結果、白血球と血小板が増えているので(免疫的には一歩前進です)、抗生剤はひとつ減らして様子を見てみようかと思っています。でも(貧血対策の)輸血をしないでいいかどうかは(赤血球の値が多くはなくて)微妙なので、13日(土)の採血結果を見て判断しましょう」。カッコの中の言葉はボクの解釈です。ホントに一歩一歩、ゆっくりゆっくりですが、前進していければいいなと思います。 ◉さて、カーテン越しの友、となりベッドのYさんに一時退院の許可が降りそうです。嬉しそうです。さっそく娘さんに電話をしていました。 ◉Yさんは81歳、1944年生まれ、私の15歳年上。やっぱり現代史の生き証人ですね、この世代は。思わず聞き入ってしまう。せたな町在住。酪農を営んでいたそうです。ずいぶん優しい話し方をするので、聞いてみたら、名古屋弁とのこと、北海道に住んでいるので、名古屋弁の強烈なところを抜いたらこうなったと。 ◉クリスチャンの家系で、そのつながりで酪農大学で酪農を学び、60年代のアメリカで酪農出稼ぎの体験をしているので、視野が広くて話がおもしろい。カーテン越しに講義を聞いているようでした。 ◉15歳離れているけれど、ぼくたちにはなにか同じ匂いがするような気がしました。それは私が愛するものー日本国憲法の匂いのような気がするのです。

つれづれ入院日記 29 2025.12.10夕方

  ◉以前のつれづれ入院日記で病院の機器とか使うものに名前をつけたらおもしろいと言って、「点滴の止まり木」とか「宇宙飛行士の洗髪(シャンプー)」とか「ティラノサウルス(ポータブルレントゲン)」について紹介しました。 ◉昨日は、「カーテン越しの友」である隣ベッドのM さんと若い看護師さんが、指を挟んで酸素濃度を測る道具について「ワニ」なのか「カバ」なのか話してました。どうやら結論は「ワニ」に落ち着いたようです。 ◉さて、子ども日本語支援の大先輩I さんが、こんな詩を作ってくれました。「宇宙飛行士の洗髪施す妻の手 点滴の止まり木超えて青空見ゆる。」ーぼくには最高の贈り物ですーありがとう。

つれづれ入院日記28 2025.12.9夕 【クリスマスにすごいプレゼントがやってくる】

  ◉ビッグなニュースです。クリスマスの日、インチョン空港から函館空港に降り立つのはジヨン(仮名)さん。2年ぶりの再会です。 ◉ジヨンさんはニュージーランド9年、オーストラリアで1年働いたあと、函館近郊のホテルで働きはじめた三十歳前半の女性(当時)。ジヨンさんと最初に知り合ったのは、ぼくのハングル勉強友だちのKさんとその夫さん夫婦でした。 ◉韓国語を勉強している日本人は、日本に来ている韓国の若者に、何かお手伝いしてあげられないかと考えます。そう、日本のオンマ、アッパ(おかあさん、おとうさん)の気分になります。 ◉Kさん夫婦はホントにオンマ、アッパのように接していました。 ◉そんなとき、Kさんに私は頼み事をしました。「(Kさんの)知り合いの韓国人の若い人、ぼくに韓国語を教えてくれないかな?」。そのとき、ぼくはとても韓国語を上達したかったのです。 ◉これがきっかけで、ジヨンさんと私、私の家族との付き合いが始まりました。ジヨンさんとの約束は、ランチの提供と日本語を私が教えること、ジヨンさんが私に韓国語を教えることでした。 ◉時には、うちにきてもらって、孫娘とたこ焼きをつくったり、ジヨンさんが、トッポッキを作ってくれたり、私の娘、息子と一緒にカラオケしたりで、私もアッパまではいかないけど、「近所のアジョシ」くらいには昇格?していたかと思います。 ◉そんなジヨンさんも夢を叶えるためにプサンに帰る時が来ました。送別を兼ねて、Kさんご夫婦と一緒に帯広や積丹で楽しんだり、美味しいものを食べたりして、彼女はプサンに帰って行きました。  ◉ジヨンさんがプサンに帰った2021年の翌年、インチョンに住んでいる男性の友人に、「特発性慢性間質性肺炎」という難病にかかったことを伝えると、「1ヶ月くらい私の家で療養してみたらどうですか?」とびっくりするような招待を受け、肺の治療は投薬だけだったので1ヶ月の逗留は可能で、図々しくも招待を受けることにしました。この1ヶ月は私にとって貴重な体験となりました。そのうち3泊4日をプサン旅行にあてジヨンさんに会うことにしました。 ◉ジヨンさんと会ったこと以外の内容は、話したら一冊の本になってしまいます。 ◉だからここでは私の思いを一言だけ言います。「日本人と韓国人はこう違う」とユーチューブなどでよく話題にするけど、私は、「日本人も韓国人もみんな同じよう...

つれづれ入院日記 27 2025.12.9 昼 

 ◉昨夜、消灯後の深夜、市立函館病院の6階東病棟の病室で、スマホがけたたましく鳴り、緊急地震情報と緊急津波情報を知らせました。 ◉すると6階の病棟全体がしばらくの間、ゆるりゆるりと大きく揺れ始めました。 ◉まだこの病院が建設途上だった時に、地下の免震構造の見学をしたことがあり、昨日は、病院最上階で免震構造の揺れ方を体験できたことの嬉しさが、揺れの怖さよりまさっていたかもしれません。 ◉やがて津波警報とともに市立函館病院でも災害本部を立ち上げ、避難市民を2階外来に受け入れることが放送で告知されました。 ◉思ったより被害が大きくなくてホッとしました。

つれづれ入院日記 25 2025.12.8夕方

 ◉ 病院の大部屋って言えば、同病の語らい、交流、情報交換、ちょっとした友情、そんなイメージをぼくは持っています。ところが入院してみると、ベッドはカーテンで仕切られ、病室内を見ることもあまりなく、同室の仲間の顔を見ることもあまりないのです。「これはカーテン牢獄だ!」などと思ってしまうのです。 ◉血液のガン患者は、抗がん剤治療後、極端に抵抗力が落ち、感染することも多く、それを予防するために病室はオープンにしない方がいいに決まっています。かくいうぼくも抗がん剤投与後の肺炎に今苦しんでいるところです。 ◉でも、最近ぼくは「カーテン越しの語らい」「カーテン越しの漏れ聞こえ」「カーテンの友」というのもありかなと思うようになりました。 ◉隣のベッドのMさんはカーテン越しによく声をかけてくれます。「毎日、奥さんが来てくれて高橋さんところはラブラブですね。私にはそう思うえますよ」とか。「 これはカーテン外交? 」、悪い気がしませんね。

つれづれ入院日記26 2025.12.8夜 「父が見た幻覚」

 ◉おとといぼくが見た幻覚の話を昨日のつれづれ入院日記23に書いたけど、これから書くのは2000年4月に体験したことです。  ◉その日、父は国立函館病院の呼吸器病棟の個室の酸素テントにいました。2月下旬にわかった肺がんの第一弾の放射線治療で腫瘍が小さくなったのも束の間、放射線治療の副作用の影響で間質性肺炎を起こしていました。苦しそうでした。麻薬も使い、呼吸の苦しさを抑える手立てが取られているようでした。ぼくと弟が泊まり込んでいましたが、夜更けの時に、目を覚ました父が私たち兄弟に言いました。 ◉「今から悪魔が来て笛を吹く。すると車のトランクから2億円出てくる。それで病気を治せる」と。 ◉おそらく私たち兄弟はオロオロしたと思います。正確に思い起こすことができません。 ◉その翌日、父に人工呼吸器がつけられ、さらに1週間後に父は亡くなりました。 ◉ガン告知の時に父が言い放った「おれの望み通りガンになった」の言葉は、予科練帰りの死生観の美学だったのか、だとしたらあの悪魔の笛の話はなんだったのか、ただの幻覚だったのか、今でも考える時があります。

つれづれ入院日記 24 2025.12.8昼 【ベトナムのTさん今日は昨日よりフレンドリー】

◉病室の掃除業務で現れたTさん。笑顔が昨日よりフレンドリーだ。桔梗小学校で日本語を勉強するひぇうくんのことが気になるよう。「(日時や固有数詞について)私ときどき覚えない(たぶん「ときどき忘れる」の意味)。 ◉「おじいさん(私=高橋)は先生?」「ボランティアの先生だよ」 ◉ひぇうくんがパパとママと弟ふたりと暮らしていることを教えてあげた。 ◉すると自分の家族のことを話し始めたチンさん。パパとママは43歳(ぼくの娘とほとんど同世代)。「(Tさんは?)21歳」。台湾におばあさんが働きに行ってる。 ◉「(仕事をしていると)おばあさん、おじいさん、「べんとう(たぶん病院給食のこと)おいしくないって、かわいい。私もローソンでべんとう買うことある」。 ◉「(楽しいとこに行く?)五稜の里。(そこ、お葬式するところ?)友だちが働いている、楽しい」。「もっと楽しいところは?(年に)1回、大阪、友達いる」。 ◉「(どこで日本語勉強しましたか?)ベトナムで10ヶ月。(ホー・チ・ミン?)ううん、ハノイ。今度、勉強してから韓国に行く、笑顔で「アンニョンハセヨ」、それから中国語勉強しておばあさんがいる台湾に行く。 ◉「ユアドリーム?」「そう、英語上手だね」と言って去っていった。すごくたくさん話したそうだった。

つれづれ入院日記23 2025.12.7夕方 「幻覚を見た話し」

①◉「先生、こんなこと聞いて、いいのかどうかわからないんですが、昨日の夜、ヘンな夢を見たっていうか、幻覚を見たんですよ」ー今朝ベッドサイドまで来てくれた主治医の先生におそるおそる聞いて見たら、先生は、さもありなんみたいな感じで答えました。「申し訳ないけど、そういう副作用が出るかもしれない抗生剤を使っています。どうしても止血しなければならない時とかですね。抗生剤とのつきあいは、まだ長く続くでしょうね」と。今日で入院20日目、当初の説明では「(入院期間)は1〜2週間、長ければ1ヶ月」と聞いてましたが、「長ければ1ヶ月」の方になりそうな感じ。「この実直で誠実な主治医の先生の真面目な患者としてがんばろう」と思いました。

つれづれ入院日記 22 2025.12.7午前

  ◉今日は日曜日なので病棟は静かです。看護師さんが言うには「今日はイベント(?)が少ないから」とか。 ◉そこにあらわれたのは病室清掃のTさん。ベトナムから来ている若い女性。 ◉「久しぶりだね」と声をかけると、病室のカレンダーを示しながら、「(15)こここら休み、(19日にベトナムに)帰る」と簡単なやりとり。 ◉「三年ぶりに帰るんだよね。家族と会えるから嬉しいでしょ。(家族は)何人?」に「6人」。「兄弟は?」には「私、いとど(妹と言ってるみたい)、弟ふたり」。「じゃあ、お姉ちゃんだ!?」に笑顔を返してくれました。「じゃあ、気をつけて帰ってね」ーふつうはこれくらいで心温まるふれあいになりますが、今日はつづきがありました。 ◉ぼくのiPadのベトナム語学習ノートを見せて「Tさん、こんにちはって、なんて言うの?」に答えてくれた名前が聞き取れないので書いてもらった。 ◉今度は彼女の返し。「私、中国語、トピッ(たぶん韓国語能力試験のこと)勉強、どっちむずかしい?」、どうやら韓国語を勉強して次は韓国に行きたいようです。自分なりに答えて、こんな交流ができて今日はいい日だったなあと思いました。

つれづれ入院日記 21 2025.12.6昼

  ◉抗がん剤投与後の肺炎、発熱、その他の治療は一進一退でしたが、今日はすこぶる調子がいいです。先ほど ティラノサウルス(のような形をしたお運び用のレントゲン機材) が私のベッドに来て、肺の写真を撮ってくれました。肺炎の影が消えてますように。 ◉ここ市立函館病院は、五稜郭駅の丁度裏手にあります。5号線に沿って函館本線、函館病院の敷地を回り込むようにいさりび鉄道が走っていて、私の入院病室(6・東病棟)からよく見えます。もしかしたら隠れた鉄道スポットかもしれません。

つれづれ入院日記 20 2025.12.4

 ◉今日は介護認定のための訪問調査(病室で)を受けました。抗がん剤を受ける期間と次の抗がん剤を受ける期間の間を繋ぐために、介護サービスを使おうと思っています。要介護認定されるかどうか、わかりませんが、少しでもサービスが使えればいいと思っています。

つれづれ入院日記 19 2025.12.3夜

 ◉ぼくはまだ酸素の管と点滴の管で繋がれているので、着替えや洗髪に苦労しています。今日は妻が来てくれ「 宇宙飛行士の洗髪 をやってもらい、スッキリでした。 ◉今朝の「点滴の止まり木」は、4イイね(的コメント)をいただきました。◉また、伊与原新「宙わたる教室」については、「ドラマを見た。感動した」「さっそく楽天で注文した」「図書館で借りて読みます」など、4イイねもらいました。ありがとう。

つれづれ入院日記 18

 ◉朝4:30の採血で目を覚まして、それからまだ暗い部屋の中を見まわして目に入った、あの点滴袋をかけるタワー。あれをどう命名すべきか。造語力が問われるなあとか考えて暇つぶしをしてました。さて私の命名は「 点滴の止まり木 」、看護婦さんは「点滴キャスター」と言っていたけど。

つれづれ入院日記 17 2025.12.2夜

  ◉ずっと熱が続いていたときは、本を読むどころではなかったけど、「案外読めるかも」と伊与原新「宙(そら)わたる教室」に挑戦。80ページまで読んじゃった。定時制高校が舞台、第1章にはディスレクシアの青年、第2章には2人のフィリピン人が登場。目が離せません。ちなみに伊与原新は最近直木賞を受賞しました。 ◉テレビドラマで9月放映の「愛の、がっこう」というのがありました。先生とホストの純愛の話なんだけど、ホストがディスレクシアなんだよね。タイトルがひらがなにはそういう意味が隠れている、たぶん。

つれづれ入院日記 16 2025.12.2

 ◉前回以降久しぶりの更新です。1週間の抗がん剤投与によって悪いがん細胞を叩いて副作用がなければ、一旦退院して、また1ヶ月後2クール目ということを頭に描いていましたが、熱の原因が肺炎とわかり、点滴の管と酸素の管に繋がれて必死な治療を受けているところです。これだけ熱が続くと朦朧としてくるので「つれづれ入院日記」も更新できませんでした。 ◉もう一つ新展開がありました。現在の抗がん剤治療はそれ自体で完結するものではなく、次の段階「骨髄移植」などを想定してのものですけど、私の場合、「特発性慢性間質性肺炎」の持病があるので、骨髄移植には大変な危険をともなうという説明を受けました。私は家族とも相談して、骨髄移植は望まず、行動はすごく制約されるけれど、抗がん剤を受けながら、入院、通院、訪問看護の3つをミックスしながら出来るだけ家中心の生活を明るく楽しく過ごそうと思っています。「日記」の更新が進まなかったもう一つの理由は、こういう話は書くべきかどうか、人の気持ちを重くしないかをちょっと考えていたからです。 ◉私もお世話になっているたくさんの方々に、ちゃんとご挨拶したいとの思いはあるのですが、体力的、時間的に制約があります。 ◉逆に「佳大くんのこと他の友だちに伝えてもいい」と言ってくれて助かっています。ありがとう(次号につづく)

つれづれ入院日記15 2025.11.27

  ◉昨日から感染対策の抗生剤のシャワーのような投与のおかげか、今日は熱も36℃台にとどまっているので体調がいいです。先ほど感染源探し?のために頭のテッペンから骨盤までのCTを撮ってきました。今回は車椅子で行ってきました。(前回レントゲン時の「沽券失敗」の教訓から)。 ◉昨日、部屋が変わりました。男子部屋を女子部屋に変えるとのこと。それで私たち男患者は他の部屋へ割り振られたのですが、私が割り振られたのは、「無菌個室」。幸いでした。窓があります。空が見えます。

つれづれ入院日記 14 2025.11.26

  ◉昨日で抗がん剤治療はいったん終わり、残された感染、発熱対策にシフトした治療に移ってます。いつも熱でボーッとしていて、食欲も湧きません。 これが昼食できたのはキウイの皿だけ。あとは少しずつ。 ◉昨日、知人の淡中あきこさんが、チョコレートのお土産を持ってきてくれました。とても嬉しかったのですが、話もできない状況だったので、「別な日にゆっくり韓国のアンサン旅行の話を聞くことにしました

つれづれ入院日記12 2025.11.23夕食後 &つれづれ入院日記 13

 ◉さきほど夕食を食べていて大発見をしました。病院給食のサカナには骨がないのです。さて、本当か、ウソか? ◉5回目の抗がん剤を受けるちょっと前に主治医の菊池先生が病室にきてくれました。その内容は、①抗がん剤は、悪い細胞を壊すけど、いい細胞も壊す。②いい細胞も壊れるので、感染にかかりやすくなる。熱の出方も高くなってるし、これから1日に2回抗生剤を点滴します。ということでした。 ◉さすがにねつがつづいてご飯をちゃんと食べる気力も出ず、抗がん剤を毎日打っている両腕も痛くなって手も使えないので、さすがに夕方まで点滴を受けながらぐったり寝ていました。 ◉ところでマスク仲間の男性看護師に、痛い耳をどうしたらいいか聞いたら、主治医とは別の先生に聞いてくれました。実はその先生もマスク仲間でした。ということで、軟膏を処方してもらいました。よかった。   つれづれ入院日記 13 2025.11.25夕食後  ◉さすがに熱が続いて、ベッドから起き上がることがかなわず、つれづれ入院を更新することができないでいました。 ◉抗がん剤治療も明日で第1クールを終えるので、主治医の先生に聞いてみたら、「まだ熱が高く、抗生剤で感染源をたたく」と。まあその方がよかったかもしれないけど、やっぱり家には帰りたいです。 ◉今日はここまでです。あ、妻と一緒に孫のひまりが顔を出してくれました。

つれづれ入院日記11 2025.11.23朝

  ◉この間熱がジリジリ上がってきて、昨日の夜、38℃を超えました。さすがにつらく解熱剤の追加分を出してもらい、さらに両腕から採血をして(感染源を調べるそうです)、その後、抗生剤?を点滴してもらい、おかげでぐっすり眠れ、朝、看護師さんに起こされた時は爽快でした。熱は37℃台まで下がっています。 ◉今日は5回目の抗がん剤投与。たんたんと注射を受けていますが、射す前に、看護師さんは痛いですよ」と言いますが、実は痛くない時もあるんですよ。その時はとても得をした気分になります。さて今日はどうなるのか? ◉感染対策で、マスク24時間着用しなければなりません。ところがゴムが左耳の上の方に擦れて腫れているので、痛みを軽くするため、妻にゴムを使わないマスクを買ってきてもらいました。今日担当の男性看護師も「ぼくもゴムが苦手なので自分用のマスクしてます」と言ってたので、ぼくの位置付けとして、彼は マスク友だちに勝手に認定 しました。

つれづれ入院日記⑩2025.11.22夕方

 ◉今日はもうひとつ嬉しいことがありました。姪っ子のえみちゃんが、サプライズ結婚報告。おめでとう。 ◉熱が下がってきたと思ったらぶり返し、解熱剤は日に3回処方されているのですが、足りなくなってきました。 ◉「介護スナックベルサイユ」「小さい頃は、神様がいて」「すべての恋が終わるとしても」の最新話を、ぐったりして、眠っては巻き戻ししながら、Tverで見ました。どれもいいんだけど、1番のオススメは「小さい頃は、神様がいて」です

つれづれ入院日記⑨2025.11.23昼

◉今日4回目の抗がん剤投与が終わったあと、主治医のK先生が病室にきて、「抗がん剤4日やった結果、血中の悪い細胞が6%から1%に減っています。ただ骨髄まで薬の効果が届いているかどうかはわかりませんが」と説明してくれました。すごい朗報だと思いました。 ◉熱も下がってきたので、Tverで「フェイクマミー」第7話を見始めました。これもいい番組なんですよ。

つれづれ入院日記2025.11.22⑧

 ◉入院生活5日目、抗がん剤投与4日目の朝です。ベッドを囲むカーテン牢獄の生活、夜から朝方までの発熱攻撃にうんざりしながらも折り返し地点(順調にいけばですが)まできました。吐き気などの強力な副作用が起きていないのはラッキーです。 ◉朝食はさすがに3割しか食べられなかった。ヤクルトだけはちゃんと飲みましたけど。 ◉昨日はTverで、日本ドラマ「ロイヤル・ファミリー」の最新話を見ました。最初は「なんだ、競馬の話か」なんて気持ちで見てたんだけど、これがなかなかいいんですよ。オススメです。と言ってもあと何話かで終わりますが。ではまた。

つれづれ入院日記⑦2025.11.21 18:30

◉今日は午前中に3回目の抗がん剤アザシチジンの投与。3日連続なのでさすがに両腕が腫れてきているので、塗り薬が出されました ◉貧血の指標となるヘモグロビン値が下がって、輸血を受けました。私のヘモグロビン値は7.3です。資料を見るとわかりやすいと思います。 ◉夕食は6割くらい食べました。減らした分、妻が買ってきてくれたゼリーを食べました。 ◉ここんとこ、夕方から明け方にかけて、熱が出て、悪寒がしたり、汗が出たりするので、とりあえず、パジャマの下にシャツを着て、それから靴下も履きました。 ◉いいこともありました。日本語サロンで知り合った、韓国のテジョン出身のCさんが、来年、はこだて未来大学の修士課程の留学生として戻ってくると連絡がありました。ではまた。 あ、そうだ!知人の淡中あきこさんが、昨日、無事韓国の安山市から帰函したとの連絡がありました

つれづれ入院日記⑥2025.11.21

 朝食後、◉昨日は夜から朝方まで熱が出て、ちょっと辛かったです。でも朝と昼はけっこう体調がよく過ごしやすかったです。 ◉今日は朝10時から3回目の抗がん剤アザシチジン投与予定。両腕はだいぶ腫れてきていますが、なんとか大丈夫そうです。 ◉入院前は「暇を持て余しそう」と思ってましたが、入院生活もそれなりに忙しく、ドラマを見たり、本を読んだり、勉強したりというのも、時間がなかったり、そういう気分じゃなかったりです。それでも、昨日は、Tverで日本ドラマ「じゃあ、あんたが作ってみろよ」の最新話を視聴しました。最近の日本ドラマは、日本社会の新たな変化に対応した積極的な制作が多いと思います。(小説もです)。夜中は日本映画「ナミビアの砂漠」(河合優美主演)。「先生の白い嘘」(奈緒主演)。どちらもちょっと難解でした。では、今日もがんばっていきます。 朝食は7割くらい食べました

つれづれ入院日記⑤2025.11.20

 ◉2日目の抗がん剤投与後も副作用は少なく、今のところ、太腿に腫れ物ができたこと、便秘気味になったことぐらいです(斜め向かいのベッドのおじさんは、便秘に苦しんで、血だらけになっていました)。 ◉妻が1時に来てくれて、退院後の介護保険申請とキャスター付きギャッジベッドのレンタルをしたらどうかと提案してくれたので同意しました。妻は週何回か仕事をしていますが、看病のために当面やめるとのこと、申し訳ないです。 ◉血液内科の患者は抵抗力が落ちているということで、感染に気をつけるよう厳しく言われています。24時間マスク着用、24時間ベッド周りのカーテン閉め、口の中に口内炎などができないよう歯科受診で予防(血液内科外来と歯科外来が向かい合っているのはそのため?)。 ◉主治医のK先生が来て、「来週、次についての話し合いをコーディネーター付きでしたいので、日程調整に入ります」と言われました。 ◉夕食も完食しました。ではまた。

つれづれ入院日記④2025.11.20

◉抗がん剤「朝七時」1日目の昨日は、思ったほど吐気などの副作用が少なくラッキーでした。ただ、1日3回の解熱剤の服用で発熱を抑えているのに、夕食後から明け方にかけて発熱があったことはちょっと不気味です。でもぐっすり眠ったので爽快です。いい写真も撮れたし。朝ごはんもほとんど食べたし。

つれづれ入院日記③2025.11.19

 ◉抗がん剤投与1日目は、吐気などの副作用も今のところあまりなく、喜んでいるところだけど、看護師さんは「1日目はあまり副作用が出ないことが多いですが、だんだん出てくることが結構あります」と。まだ油断はできません。 ◉この抗がん剤の名前はアザシチジンと言って覚えにくいんだけど、覚える方法を大発見。「朝七時(あさしちじ)」といえば、だいたい同じ発音になります。昼食、夕食は完食。午後、妻がモバイルバッテリーを持ってきてくれたので、スマホやタブレットを充電中です。

つれづれ入院日記②2025.11.19

 ◉朝6階病棟のデイルームに行ってみると、函館山と港の景色は絶景です。朝食後(ちょっと残した)、抗がん剤の副作用抑制のため、吐気どめを飲みました。(歯のレントゲン写真を撮ったのち)、主治医のK先生が説明に来てくれ「(抗がん剤投与によって)これまで続いてきた熱を下げることも期待している」と。 ◉さて、いよいよ10時から抗がん剤の投与。左右の肘のところに、白い液体を皮下注射しました。これが抗がん剤の投与です。それから1時間、まだ吐気などの出ていません。さて、これからどうなるかです。抗がん剤は7日間投与の予定です。