◉ビッグなニュースです。クリスマスの日、インチョン空港から函館空港に降り立つのはジヨン(仮名)さん。2年ぶりの再会です。
◉ジヨンさんはニュージーランド9年、オーストラリアで1年働いたあと、函館近郊のホテルで働きはじめた三十歳前半の女性(当時)。ジヨンさんと最初に知り合ったのは、ぼくのハングル勉強友だちのKさんとその夫さん夫婦でした。
◉韓国語を勉強している日本人は、日本に来ている韓国の若者に、何かお手伝いしてあげられないかと考えます。そう、日本のオンマ、アッパ(おかあさん、おとうさん)の気分になります。
◉Kさん夫婦はホントにオンマ、アッパのように接していました。
◉そんなとき、Kさんに私は頼み事をしました。「(Kさんの)知り合いの韓国人の若い人、ぼくに韓国語を教えてくれないかな?」。そのとき、ぼくはとても韓国語を上達したかったのです。
◉これがきっかけで、ジヨンさんと私、私の家族との付き合いが始まりました。ジヨンさんとの約束は、ランチの提供と日本語を私が教えること、ジヨンさんが私に韓国語を教えることでした。
◉時には、うちにきてもらって、孫娘とたこ焼きをつくったり、ジヨンさんが、トッポッキを作ってくれたり、私の娘、息子と一緒にカラオケしたりで、私もアッパまではいかないけど、「近所のアジョシ」くらいには昇格?していたかと思います。
◉そんなジヨンさんも夢を叶えるためにプサンに帰る時が来ました。送別を兼ねて、Kさんご夫婦と一緒に帯広や積丹で楽しんだり、美味しいものを食べたりして、彼女はプサンに帰って行きました。
◉ジヨンさんがプサンに帰った2021年の翌年、インチョンに住んでいる男性の友人に、「特発性慢性間質性肺炎」という難病にかかったことを伝えると、「1ヶ月くらい私の家で療養してみたらどうですか?」とびっくりするような招待を受け、肺の治療は投薬だけだったので1ヶ月の逗留は可能で、図々しくも招待を受けることにしました。この1ヶ月は私にとって貴重な体験となりました。そのうち3泊4日をプサン旅行にあてジヨンさんに会うことにしました。
◉ジヨンさんと会ったこと以外の内容は、話したら一冊の本になってしまいます。
◉だからここでは私の思いを一言だけ言います。「日本人と韓国人はこう違う」とユーチューブなどでよく話題にするけど、私は、「日本人も韓国人もみんな同じように悩み、同じように考え、同じようにふるまう、そういうことの方が圧倒的に多い」と思うし、私はそう感じる感性を持ちたいです。
◉ついにソウルからプサンに向かう日。日本の新幹線にあたる韓国のKTX。距離的には札幌・函館くらいだろうか。でも改札がない、乗る列車確認しなきゃ、近くの人に訊く、「これに乗ればいいですか」、なんとか通じた、乗車、出発、ホッ。
◉プサンに近づく。ジヨンさんから連絡。「残業で出迎えに行けません。オンマが出口で待ってます。先に両親と食事していてください」。「エッー!」。プサン駅の改札 ジヨンオンマから電話。 あ、隣に立っている人だ。なんて挨拶したかおぼえていない!お土産は渡した。
◉アッパが運転する車に乗り込む、アンニョンハセヨくらいは言っただろうか、食事会場のザガルチ市場に向かっている、気まずい、言葉が出ない、急に思いついて言ってみた。映画『国際市場』(プサンを舞台にした有名な映画)を見ました。泣きました。すると助手席に座っていたオンマが言った。「ウリナンピョンドウロッソヨ(ウチの夫も泣きました)」 。あー、繋がった!
◉ザガルチ市場では、1階で魚を選び刺身にしてもらい、2階が食堂。プサンは福岡に近いから魚も似ているのだろう。北海道の魚とは違った。
◉席についてまずいうこと。 「私は韓国の礼儀をよく知りません」、いやあそんなの気にしなくていいですよ、アッパの手ぶりが言ってる、よし決まり!次の大事な一言は準備しといた。「素敵な娘さんをお育てになったご両親にお会いしたかった」。これ本音。私が「ジヨンさんは英語が」というと両親が「上手で」と答え、以下「ジヨンさんは日本語が」「上手で」、「愛嬌が」「あって」、「人の気持ちを」「よく察して」、なんだなんだ上の句と下の句が全部合ってるじゃないか、ここまで来たらもう意気投合してるでしょう。
◉ごちそうさんしたところで、残業終えたジヨンさんと合流、ホテルに送ってもらいました。
◉プサン滞在3日目ジヨンさん両親に図々しくもリクエストして、プサン近郊にある新羅の古都慶州(キョンジュ)へのドライブに行ってきました。慶州を舞台にした有名なドラマ「本当に良い時代(참 좋은 시절 )」には、慶州の墳丘墓が市民の普通の生活の景色に溶けこんでいるのがとてもよく、ソウルとは違う方言もいい、そんなシーンが出ています。そのままの町でした。
◉古い仏教の寺院、そして石窟と、2つの世界遺産も満喫、プサンに戻ってライトアップされたビーチで最後の夕食。お礼を込めて言いました。「ぜひ函館に来てください。ぜんぶ私が案内しますから。きっとですよ」。ちょっと押しつけがましかったかな、「きっと」の部分。いや、大丈夫、通じているさ。
◉さて、時は現在に戻ります。4日前、ハングル仲間のKさんからラインもらいました。「25日ジヨンさんがおかあさんと一緒に函館に来ます」ーなんだなんだこの事務連絡風のラインは?というか事務連絡を装った喜びのプレゼントによるテロは?
◉Kさんのことだからジヨンさんに言ってくれたんでしょう。「高橋さんがたいへんな病気になったの。函館に来て会ってあげたら、きっと喜ぶよ」ってー喜びのクリスマスプレゼントほんとにありがとう。
◉「嬉しい」の一言ですむことを、100倍に引き伸ばし長々ととりとめもなく話せる人間なんだ、ぼくは。そういう自分も悪くない。新しい発見です。
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